1.はじめに
令和4年1月31日に運用が開始された、「実質的支配者リスト」の制度をご存じでしょうか。
かくいう私も、制度の概要くらいしか把握していなかったのですが、先日初めて代理人としてこの制度を利用する機会に恵まれましたので、今回はそのときの経験もふまえながら、実質的支配者リストの概要や手続の流れについてまとめてみたいと思います。
*参照:法務省のウェブサイト
「実質的支配者リスト制度の創設
(令和4年2月31日運用開始)」
「実質的支配者リスト制度Q&A」
(上記にかなり詳しくまとめられているので、細かい部分については上記を参照してください。)
2.「実質的支配者リスト」とは
「実質的支配者リスト」とは、株式会社(特例有限会社を含みます)が自社の株主名簿などの資料に基づいて作成する書類で、その名の通り自社の「実質的支配者」のリスト(一覧表)です。
〔実質的支配者情報一覧のサンプル〕
このリストに記載する「実質的支配者」に該当する者としては、下記(1)(2)があります。
(なお、厳密にみていくと用語の定義や場合分けがやや難解・複雑ですので、以下では基本的にざっくりとした説明にとどめます。細かい点については前掲の法務省ウェブサイトに詳しい記載がありますので、ご参照ください。)
(1)会社の議決権の総数の50%を超える議決権を直接又は間接に有する自然人
(2)上記(1)に該当する者がいない場合は、会社の議決権の総数の25%を超える
議決権を直接又は間接に有する自然人
(注)自然人とは、権利義務の主体となる個人のこと(⇔法人)。
「実質的支配者リスト」制度は、これらに該当する会社の実質的な支配者を公的機関(法務局)に把握させることで法人の透明性を向上させ、資金洗浄(マネーロンダリング)等の目的による法人の悪用を防止することを目的として創設されたもの、と説明されています。
(注) 後述するとおり、本制度利用時には株主名簿などの資料を添付する必要があります。
法務局は、添付資料とリストの内容の整合性を確認した上でリストを保管し、その写しに認証文(「これは令和●年●月●日に申出のあった当局保管に係る実質的支配者情報一覧の写しである。」)を付して、証明書として発行してくれます。
ここで、法務局が証明する内容は、あくまで証明書に記載されたリストが法務局に保管されているリストの写しであること(内容が同一であること)(その前提として会社から提出された株主名簿などの資料とリストの内容が整合していることを含む)であって、リストに記載された内容が真実の権利関係と合致していることまでを証明してるわけではないということには留意する必要があります。
(このことは、証明書の末尾にも小さい字で記載されています。)
主な提出先としては、まず金融機関が想定されます。
余談ですが、先日立ち寄った某都市銀行の応接室に、この実質的支配者リストに関する法務省のポスターが掲示されていました。
なお、本記事では上記(1)(2)に該当する個人が議決権を直接に保有している場合(直接保有)の場合についてのみ言及しています。中間に別会社を挟んで間接に保有している場合(間接保有)については言及していませんが、その点はご容赦ください。
3.手続の流れ
実質的支配者リスト(実質的支配者情報一覧)や申出書、委任状などの書式は前掲の法務省ウェブサイトに掲載されているものをダウンロードして使用します。
また、添付書類についても上記のウェブサイトにまとめられています。
ここでは、準備の段階から書類作成、申出、完了へと進む一連の流れを概観しつつ、手続を進める中で個人的に気になった点などについてまとめたいと思います。
(以下、司法書士が書類の作成をサポートし、代理人として申出を行う場合を念頭に置いた記載をしていますが、企業内担当者の方が準備をする場合も、準備するものや必要となる情報は同じですので、ご参考にしていただければ幸いです。)
(1)準備段階
(会社側であらかじめ準備してもらうもの)
□ 【必須】会社代表者の運転免許証等のコピー 又は 会社実印〔※1〕
□ 【必須】株主資料として下記(1)(2)のいずれか〔※2〕
(1)申出日における株主名簿の写し
(2)直近年度分の法人税申告書別表二(同族会社の判定に関する明細書)の写し
□ 【任意】実質的支配者の運転免許証等のコピー〔※3〕
〔※1〕会社実印 又は 会社代表者の運転免許証等のコピー について
・申出書(代理人が申出を行う場合は委任状)に会社実印を押印してもらう場合は、会社代表者の運転免許証等のコピーの添付は不要です。
反対に、申出書(委任状)会社実印を押印しない場合は、会社運転免許証等のコピーが必要です。
今回は、委任状に会社実印を押印してもらいました。
※ なお、会社代表者と実質的支配者が同一人物の場合で、実質的支配者の運転免許証のコピ-を任意に提出する場合(実質的支配者の本人確認書類として免許証の写し等を法務局に提出した旨の記載のある実質的支配者リストの交付を受けたい場合)には、委任状に会社実印を押印した場合でも、結局、会社代表者(=実質的支配者)の運転免許証等のコピーを準備してもらうことになります。(後記〔※3〕参照。)
・運転免許証の場合は表面・裏面のコピー、マイナンバーカードの場合は表面のコピーが必要です。
単にコピーしただけのものでは足りず、代表者により「原本と相違ない」旨の記載及び記名がされたものが必要です。
※ なお、必要なのは「記名(氏名の記載)」であって「署名」までは要求されていません。
・免許証等については、申出書又は委任状に記載の代表者の住所と一致している必要があります(免許証の住所が古い場合などは要注意)。
商業登記記録上の代表者の住所と不一致がある場合は…どうなるんでしょうね。
代表者の住所が登記記録上の住所から変わっている場合(登記記録上の代表者の住所が古い場合)には、2週間以内にその旨の登記手続が必要とされていますので、生じている不一致は早急に解消していただく必要がありますが、さしあたり実質的支配者リストの取得を優先させたいという場合には、申出書や委任状に会社実印を押印してもらい、会社代表者の運転免許証等のコピーを添付せずに済むようにする、という対応が考えられるところです。
ちなみに、「申出書(委任状)と登記記録の不一致」の問題でいうと、実質的支配者情報一覧に記載されている議決権割合が登記情報の内容とは合致していない場合(例えば、発行済株式総数に変更が生じているがその登記がされていない等)には、登記未了により合致していない旨の上申書等を添付しても、実質的支配者情報一覧の保管等の申出をすることはできないとされています(前掲Q&A2-9)。
〔※2〕株主資料について
・(1)の株主名簿の写しについて、会社代表者による「原本と相違ない」旨の記載は必須ではありません(前掲Q&A3-1)。
・設立後まもない会社(1期目を終えていない会社)の場合は、上記(1)(2)に代えて、定款認証時に公証人が発行する「申告受理及び認証証明書」の写しを添付することでも可とされています。
・なお、株主資料として何を提出したかということは、実質的支配者リストの記載事項となります。(前掲のサンプルは株主名簿の写しを添付した場合のものです。)
なお、法人税申告書別表二(同族会社の判定に関する明細書)には、「判定基準となる株主等の株式数等の明細」の欄に株主の
⑴ 住所・氏名(法人の場合は所在地・法人名)
⑵ 株式数又は出資の金額
⑶ 議決権の数 を記載することとされています。
これに対して、株主名簿の法定記載事項は下記のとおりです(会社法第121条)。
⑴ 株主の氏名又は名称及び住所
⑵ 株主の有する株式の数
⑶ 株式を取得した日
⑷ 株券の番号(株券発行会社で、株券が発行されている場合)
(このほか、株式に質権を設定した者が請求した場合には
⑸ 質権者の氏名又は名称及び住所
⑹ 質権の目的である株式
も株主名簿の記載事項となります(会社法148条)。)
直近年度分の法人税申告書別表二(同族会社の判定に関する明細書)は、既に完成された形で(税務署に提出したものの控えが)会社に保管されているはずですので、実質的支配者リストの取得に際してその記載について頭を悩ます、という事態は基本的に想定されません。
これに対して、株主名簿に関しては、大企業やその子会社・関連会社などを除くと、きちんと整備している会社の方が稀ではないかと思われます。
そこで、金融機関などに提出するために実質的支配者リストを取得することにしたので、この際ついでに株主名簿もきちんと整備しよう、という話の流れはある程度想定されます(し、そうあるべきだと思います)。
ここで、設立時から社長が100%オーナー株主、という会社の場合はよいのですが、社歴が古く、経営陣以外の株主が存在している会社では、一部の株主について「株式取得日」が判然としないという事態が生じ得ます。
株主取得日(の一部)が空欄の株主名簿の写しを添付した場合、空欄部分をきちんと記載したものに差し替えよとの補正指示を受ける可能性がありますので、あらかじめ他の資料から株式取得日を特定して株主名簿に反映させておくか、法務局に提出する株主資料は直近年度分の法人税申告書別表二(同族会社の判定に関する明細書)とするかで対応することになろうかと思います。
なお、株式取得日は実質的支配者リストの記載事項ではありませんし、前掲Q&A3-3に「添付された実質的支配者情報一覧の内容及び申出会社の登記情報と整合している限り、株主名簿は抜粋であっても差し支えありません。 なお、この場合、抜粋である旨の記載は不要です。」との記載があることからすると、このような場合に補正を命じる根拠があると言えるかは疑問です。
〔※3〕実質的支配者の運転免許証等のコピーについて
・実質的支配者の運転免許証等のコピーは必須の添付書類ではありませんが、任意に添付することにより、実質的支配者リストに「実質的支配者の本人確認書類を添付した旨」と「本人確認書類として何を添付したか」が記載されることになります。
・運転免許証の場合は表面・裏面のコピー、マイナンバーカードの場合は表面のコピーが必要です。
ここでも、単にコピーしただけのものでは足りず、実質的支配者(注:会社代表者ではありません)により「原本と相違ない」旨の記載(注)がされたものが必要です。
(注) 基本的には前記〔※1〕(会社代表者の運転免許証のコピー)と同様ですが、〔※1〕と異なり、実質的支配者の運転免許証等のコピーについては実質的支配者による記名までは求められていません。
(ただし、特に「原本と相違ない」旨の記載をスタンプや印刷によってした場合は、記名もあった方が「実質的支配者による記載」ということがより分かりやすいだろうとは思います。)
なお、「実質的支配者として」記載するものである以上、仮に会社代表者と同一人物の場合であっても、単に氏名のみを記載(記名)すればよく、「●●株式会社 代表取締役」といった肩書は不要(ないほうがよい)でしょう。
(確認事項)
□ 実質的支配者に該当する方の国籍〔※4〕
〔※4〕 株式会社設立時の実質的支配者の申告書と同様、実質的支配者リストにも実質的支配者の国籍の記載欄があるため、確認が必要です。
なお、設立時の実質的支配者の申告書とは異なり、実質的支配者リストには「暴力団員等該当性」の欄はありません。
(2)書類の作成・準備
(司法書士が作成・準備するもの)
□ (代理で申出を行う場合)委任状
□ 「実質的支配者情報一覧の保管及び写し交付申出書」
□ 「実質的支配者情報一覧」
すべて前掲の法務省ウェブサイトから書式がダウンロードできます。
前記(1)準備段階 の事項に漏れがなければ、あとは書式に沿って作成(入力)を進めていきます。
*「実質的支配者情報一覧」に記載する日付と添付する株主名簿の日付
実質的支配者リスト(実質的支配者情報一覧)に記載する実質的支配者情報は、申出日から見て1か月以内の日時点の情報であることを要するものとされています。
これに対して、株主資料として株主名簿を添付する場合、「申出日時点の」株主名簿の写しを添付することが要求されています。
今回のケースでは、実質的支配者リストの交付申出の準備と株主名簿の整備を同時に進めた関係もあり、疑義が生じないよう一覧の作成日・申出日と添付する株主名簿の作成日(〇月〇日時点の株主名簿と相違ない旨の記載)は一致させました。
なお、後から前掲Q&Aで確認したところ、この点についてきちんと説明がされていました。すなわち、株主名簿に「○年○月○日現在」という記載がない場合や、その日付が申出日と一致しない場合でも差し支えない(そのことをもって「申出日時点の」という要件の充足が否定されるわけではない)とされています(前掲Q&A3-5、3-6参照)。
(3)申出・審査・交付
実質的支配者リストの交付申出関係の書類一式が準備できたら、法務局に提出します。
書類の提出先は、商業登記の管轄法務局と同じ(=本店所在地を管轄する法務局)です。
本店所在地が兵庫県内である会社は、すべて神戸地方法務局の本局(神戸市中央区波止場町1番1号 神戸第二地方合同庁舎)に提出することになります。
その他の本店所在地の会社については、法務局の「管轄のご案内」などを参照してください。
なお、郵送による提出・回収も可能です(郵送で回収する場合は切手を貼付した返信用封筒を同封する必要があります)。
今回は提出・回収とも郵便局のレターパックライトを使用しました。
*代理人の本人確認書類
代理人の本人確認書類は不要です。
なお、郵送請求の場合、返送先住所を代理人の住所(司法書士の場合、代理人の事務所)とすることも可能ですが、この場合でも代理人の住所(事務所)について、たとえば司法書士会員証などの本人確認書類のコピーを添付する必要はありません。
*手数料
無料です。(取得する通数にかかわらず、法務局に手数料を納める必要はありません。)
*手続完了までの所要日数
今回のケースでは、添付書類が法務局に到着してから概ね3日ほどで手続が完了し、実質的支配者リストが返送されてきました。
司法書士 杉原佑典