
司法書士の杉原です。
9月30日(土)に、あかし市民広場(パピオスあかし2階)で開催された『“法の日”無料相談会』(六士会合同)に午前の部の相談員として参加してきました。
明石の「六士会」とは、兵庫県司法書士会・兵庫県土地家屋調査士会・兵庫県行政書士会・兵庫県社会保険労務士会・近畿税理士会・兵庫県建築士事務所協会という六つの士業団体です。来年(令和6年)4月1日からの相続登記の申請義務化などのこともあってか、午前の部から司法書士会の相談ブースは盛況でした。
神戸で勤務司法書士をしていた頃は、司法書士会や行政が主催する相談会の相談員というものには正直言って縁がなかったのですが、地元 明石で開業して1年、司法書士登録をして5年が経ち、相談員として登録するようお声がけをいただく機会も増えてきました。
来期より明石市役所、明石商工会議所、神戸市西区文化センターでの相談会に相談員として参加させていただきます。少しでもご相談者の方のお力になれるよう、研鑽を重ねていく所存です。
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さて話は変わりますが、先日、「買戻特約の登記の抹消登記手続」について、法改正後初めて「不動産登記法第69条の2の規定による抹消」を原因として単独申請を行う機会がありましたので、備忘を兼ねて、まとめておきたいと思います。
1.そもそも「買戻し(買戻権)」とは
不動産売買における売主・買主は、「売主は、売買代金(別途合意した金額があるときは、その金額)及び契約の費用を返還すれば、売買の解除をすることができる」との特約を付することができます(民法579条)。
この特約を「買戻しの特約(買戻特約)」といい、買戻特約に基づく解除権を「買戻権」といいます。
買戻特約は、実務上、住宅供給公社や都市再生機構などの公的な機関が宅地や集合住宅の分譲をするときに用いられているのをよく見かけます。
県の住宅供給公社などが行う宅地分譲は、自らが居宅を建ててそこに住みたいという人のために行うものであるので、売買契約に「買主は、購入後一定期間は本件土地を売却(転売)してはならない」といった約定が付されており、これを守らなかった場合は、売主である住宅供給公社が売買契約を解除して物件を買い戻すことができる…といったものです。
2.買戻特約の抹消登記手続
AからBへの所有権移転登記と同時に買戻特約の登記がされた後、Bが約定に違反して分譲地をCに売却した場合、Cが所有権移転登記を備えた場合でも、買戻権者であるAが買戻権を実行(=AB間の売買契約を解除)すると、Cへの所有権移転登記はその効力を失い、所有権の登記名義をAに戻すことが可能となります。
したがって、Cとしては、購入しようとしている不動産に買戻特約の登記が入っているときは、その買戻特約が今もなお有効なものであるか否かの確認が必須です。
多くの場合、買戻特約には「期間」(=買戻特約の有効期間)が登記されているため、その期間が経過していないかどうかをチェックします。
なお、買戻期間は最長10年であり(同条1項)、特に定めなかった場合は5年となります(同条3項)。また、一度定めた買戻期間は伸長することができません(民法580条2項)。
登記記録から買戻期間が経過していることが確認できた場合は、Cとしては、その物件を購入しても、少なくとも買戻権者Aに買い戻されるリスクは生じないことがわかります。
ただし、買戻期間が経過していても、買戻特約の登記が自動的に消滅する(法務局側で自動的に抹消登記がされる)ことはないため、法務局に抹消の登記を申請する必要があります。
この抹消登記手続は、売却が控えている場合には、売買代金の決済日まで(又は決済日と同日)に、現所有者であるBの負担と責任において行われます(BC間の売買契約に、そのような約定を設けるのが一般的です)。
この抹消登記の申請書には、買戻権者であるAが作成した登記原因証明情報や委任状、Aの印鑑証明書、Aが保管している登記識別情報通知などを添付する必要があるため、Bは、(不動産仲介業者や代理人司法書士を通じて)あらかじめ買戻権者であるAに連絡を取り、これらの書類を期日に間に合うように発行してもらう段取りをしなければなりません。
既に買戻期間が経過しており、効力を失っていることが登記記録上明らかな権利(買戻権)について、抹消登記手続という事務負担だけが残っているといえ、BにとってもAにとっても(過分な)負担が生じていることが問題視されていました。
3.不動産登記法第69条の2の規定による抹消
そこで、先般の不動産登記法改正(令和5年4月1日施行)の際、買戻特約の抹消登記手続の簡略化が図られました。
具体的には、新設された「不動産登記法第69条の2」の規定により、「売買契約の日から10年を経過しているときは、Bは、Aの関与なく単独で買戻特約の登記の抹消を申請することができる」こととされました。
(注1)単独申請が認められるための要件は、「売買契約の日から10年を経過していること」であり、これ以外に特段の要件はありません。
ここでいう売買契約の日付は、買戻特約の登記の「原因 〇年〇月〇日特約」の部分から判明します。
反対に、この要件を満たしていない場合については、不動産登記法第69条の2の規定による単独申請は認められませんので、たとえば「買戻期間である5年は経過しているが、売買契約の日からは8年しか経過していない」というようなケースでは、不動産登記法第69条の2の規定によって単独で抹消登記を申請することはできません。この点には注意が必要です。
(注2)売買による所有権移転登記と同時申請された買戻特約を抹消したい場合、「売買契約の日」の判断にあたっては、所有権移転登記の欄に記載された「原因 〇年〇月〇日売買」の部分をとらえ、この日から10年を経過しているかどうか…で不動産登記法第69条の2の規定による抹消の可否を判断したくなるところです。
しかしながら、所有権移転登記の原因である「〇年〇月〇日売買」とは、売買契約の締結日ではなく「売買による所有権移転日」を指すものであり、所有権移転時期の特約付売買(親族間売買などを除き、これが不動産売買の一般的な態様です)においては、たとえば契約締結日が令和5年5月10日、残代金決済日が令和5年6月30日という取引の場合は、所有権移転の登記の原因が「令和5年6月30日売買」、買戻特約の登記の原因が「令和5年5月10日特約」と登記されていることが考えられます。
(「買戻しの特約が同時にされている売買契約において、売買代金の支払が完了したときに所有権が移転する旨の特約が定められ、後日、その代金が完済された場合の登記の申請は、所有権の移転の登記の登記原因の日付を代金完済日とし、買戻しの特約の登記の登記原因の日付を当該特約の日として、所有権の移転の登記と買戻しの特約の登記を同時に申請するのが相当」であることにつき、『カウンター相談163』登記研究690号参照。)
買戻しの特約の登記を申請する場面において、「債権契約としての売買契約は締結日において成立しており、買戻しの特約も本体の売買契約日と同日に成立している」との解釈がなされる以上、不動産登記法第69条の2の規定による抹消を行う場面における「売買契約の日」とは、売買契約締結日=買戻特約成立日と考えるのが自然でしょう。
不動産登記法第69条の2の規定に基づく単独申請の際の申請書の記載等については、下記の要領によることとされています(令和5年3月28日法務省民二第538号民事局長通達参照)。
■ 登記の目的
「〇番付記〇号買戻権抹消」とします。
買戻特約が付された不動産の登記記録を見ると、「買戻権」という言葉は使われておらず、「買戻特約」として原因や売買代金、期間、買戻権者などが登記されています。
そのため、私はいつも抹消のときの登記の目的は「買戻権抹消」で良かったっけ?「買戻特約抹消」だっけ?と迷ってしまい、毎回書籍などで確認しています…。
なお、抹消登記が実行される際の登記記録例を見ると、「2番付記1号買戻権抹消」の要領で登記することとされています。
さて、買戻特約の登記の申請は、所有権移転登記(等)と同一の受付番号により受け付けられ(※)、所有権移転登記(等)に付記して登記されています(不動産登記規則3条9号)。
なお、買戻特約の登記は「売買による所有権移転登記(等)と同時に申請しなければならない」(昭和35年3月31日民事甲712号通達)こととされており、所有権移転登記を先に申請しておき、後日買戻特約の登記を申請する、ということは認められていません。
このこととの関係で、買戻特約の登記は(常に)付記1号で実行されます。
(※)余談ですが、不動産登記システム上で手数料無料にて行うことができる「登記識別情報の通知・未失効照会」は、同一の受付番号が付された他の登記がある場合は、利用することができません(エラーが返ってきてしまいます)。
たとえば、所有権移転登記が甲区3番、買戻特約の登記が甲区3番付記1号で入っているとき、甲区3番の所有権移転登記に関して登記識別情報の通知・未失効照会をすることはできません。
この場合に、登記識別情報が失効していないことの事前確認をするためには、「登記識別情報の不通知・失効証明」(又は「有効証明」)を用いることとなるため、1通300円の手数料がかかります。
買戻特約の抹消登記を含めた登記費用を計算する際には、注意が必要です。
■ 登記原因及びその日付
「不動産登記法第69条の2の規定による抹消」とします。
登記原因の日付の記載は不要です。
■ 申請人
下記の要領で記載します。
権利者(申請人) 兵庫県明石市樽屋町○○ B
義務者 兵庫県神戸市中央区○○ A(例:兵庫県住宅供給公社)
【2024/7/31 追記・加筆修正】
登記義務者(買戻権者)Aの表示としては、登記記録上の住所・氏名(法人の場合は商号・本店等)をそのまま記載すればよいとされています。
後述するとおり、登記義務者について合併等の一般承継や本店移転等の表示変更が生じている場合でも、承継後の法人等を記載しなければならないわけではありません。単に登記記録から当時の住所・氏名(商号・本店等)を転記すればよく、代表者の資格・氏名や会社法人等番号の記載も要しません。
■ 添付書面
(1)登記原因証明情報
登記原因証明情報の提供は不要です(不動産登記令第7条第3項第1号)。
(2)登記識別情報
共同申請による抹消の登記の場合と異なり、不動産登記法第69条の2の規定による抹消の登記は、登記識別情報の提供を要する場合について定めた不動産登記法22条にいう「登記権利者及び登記義務者が共同して権利に関する登記の申請をする場合その他登記名義人が政令で定める登記の申請をする場合」に該当せず、登記義務者(買戻権者)Aの登記識別情報の提供は不要です。
登記識別情報は登記義務者の厳格な本人確認手段であり、これを提供させることで登記手続の真正担保を図るという趣旨で添付を要求されるものですから、登記義務者である買戻権者の関与を必要としない場合においては当然に提供不要ということになります。
(3)印鑑証明書
共同申請による抹消の登記の場合と異なり、登記義務者(買戻権者)Aの印鑑証明書の提供は不要です。
上記(2)と同様、そもそも登記義務者である買戻権者は抹消登記申請に関与しないため、買戻権者の実印を押印しなければならない書類は存在せず、したがって印鑑証明書の提供も不要ということになります。
(4)その他
その他、添付書面となりうるものとしては下記①~②があります。
① 司法書士(等)が代理人として申請する場合の代理権限証明情報(委任状)
② 登記権利者(所有権登記名義人)Bが法人である場合の会社法人等番号
■ その他:(1)登記完了証の送付について
不動産登記法第69条の2の規定による単独申請をする場合、登記権利者(所有権登記名義人)Bは、登記義務者(買戻権者)Aに対し、基本的には抹消登記の申請前にコンタクトをとる必要がありません。
なお、不動産登記法第69条の2の規定による単独申請がされ、その買戻特約の抹消登記が完了した場合には、登記官は、買戻権者であった者(A)に対して、登記完了証を登記記録上の住所に宛てて発送するものとされています。これにより、買戻権者Aは、買戻特約の登記が抹消されたことを事後的に把握することになります。
【2024/7/31 追記・加筆修正】
■ その他:(2)買戻権者に合併承継(等)が生じている場合の取扱いについて
本記事投稿時点において、買戻権者に合併等の一般承継が生じている場合の取扱い(特に合併の日が買戻期間満了の日よりも前である場合の取扱い)について述べている先例や文献などが見当たらなかったため、「不動産登記法第69条の2の規定による抹消」の場合において、登記義務者として申請書に記載すべき買戻権者に合併承継(等)が生じている場合にどのような取扱いがされるのかが判然としない、と記載したうえで、私見として、
・従前どおりの共同申請の方式で申請する場合は前提としての合併移転登記等が必要である一方で、この「不動産登記法第69条の2の規定による抹消」の場合には不要となるという明確な根拠を欠く以上、前提登記が必要との解釈を採るのが無難であり、このような事例に遭遇した場合は、事前に管轄法務局への照会をしておくのがより無難であろうと思われる
・もし自分が法務局に照会する際は、「実体上効力を失ったことが登記記録上明らかな権利の登記、いわば形骸化した登記の抹消登記についての申請人の負担軽減という改正法の趣旨に照らし、前提登記としての合併による買戻権移転登記は不要と考える」…と書いてみたい
と述べました。
しかしながら、この点について、本記事投稿後、複数の司法書士から情報提供をいただきました。
まとめると、次の通りです。(兵庫県内の複数の法務局に事前照会)
① 登記義務者に合併等の一般承継が生じている場合であっても、前提として移転登記は不要。
② そもそも登記義務者に合併等の一般承継や本店移転等の表示変更が生じている場合であっても、(前記の通り)申請書に登記義務者として記載するのは登記記録上の買戻権者の住所氏名(本店商号)でよい。
③ 法務局は、登記記録上の買戻権者に一般承継や表示変更が生じているかの調査を行わないから、合併承継等の一般承継が生じている場合であっても前提としての合併移転等の登記は不要であるほか、本店移転等の表示変更が生じている場合であっても、その変更証明情報の添付も不要である。
④ 登記義務者について、代表者の記載は不要であり、会社法人等番号を記載する必要もない。
情報提供をいただいた先生方、ありがとうございました。
なお、その他の根拠として『Q&Aとケースでみる休眠担保権等の抹消登記 ―担保権・用益権・買戻し特約・仮登記―』齊藤明 著(新日本法規・令和6年2月22日初版発行)207頁以下にこの点についての記載がありました。
少なくとも上記①~③について、結論として上記法務局の回答と同趣旨との記載がありますので、参考になります。
司法書士 杉原佑典
執筆・監修
