
1.金融機関への「成年後見の届出」
成年後見人に就任した後、すみやかに済ませておくべき手続として、「金融機関への届出」があります。
後見人が就任すると、今後、ご本人(被後見人)の財産管理は後見人が行うことになります。
そこで、ご本人が口座名義人となっている金融機関には「成年後見人が就任した旨」を届け出て、あわせて届出印の再登録(後見人の印鑑を登録)、キャッシュカードの再発行(既存のキャッシュカードを返却して新たに後見人にキャッシュカードを発行し、暗証番号を設定しなおす)…などの手続を行うことになるわけです。
※ この点につき、金融機関との取引について代理権を付与された保佐人・補助人についても同様です。
2.高齢者の方のATM(キャッシュカード)利用制限
少し前のことになりますが、後見人就任後、複数の金融機関に対して上記の届出を行う中で、一部の金融機関について「ATMの利用制限」という制度が設けられていたために、就任直後の業務に支障をきたしたことがありましたので、今回はそのことについて書きたいと思います。
それが、タイトルにも書いた「高齢者の方のATM利用制限」です。
これは、主に高齢者の方の振り込め詐欺被害を防止する目的で一部の金融機関において導入されている制度で、この制度の対象になっている方は、ATMでのキャッシュカードによる出金(預金の引出し)や振込みに制限がかかっています。
なぜこの制度の存在により後見人としての業務に支障をきたしたかというと、この「制限」は口座自体に設定されるものであるため、制限を解除するための手続を別途行わない限り、後見人が新たにキャッシュカードの交付を受けても、後見人のATM利用も制限されるためです。
私は、後見業務に取り組み始めた頃、このような取扱い…というより、一部の金融機関においてATMの利用制限という取扱いが存在していること自体を知らなかったため、「成年後見の届出」をしに行った際に、制限解除の手続を行っていませんでした。
その結果、手元に届いた後見人用のキャッシュカードを使ってATMから振込をしようとした際に、「このキャッシュカードでは振込ができません」とエラーが出てしまったのです。
3.経験談
時系列で整理すると、以下のようになります。(なお、日付や一部の事実関係など、実際のものと異なる箇所があります。)
(1)成年後見の届出の準備
私は、5月中旬に新たにXさんの成年後見人に就任しました。
5月末には後見登記事項証明書も取得できたので、6月に入ったらすぐに金融機関に届出をする予定で、就任直後の各種業務から家庭裁判所への就任時報告までのスケジュールを考えていました。
6月1日、Xさんが年金の受取に使っているA銀行B支店の口座について、成年後見の届出をするための準備を進めることにしました。
具体的にはまず、A銀行B支店に事前に電話をかけて、口座名義人であるXさんの後見人に就任したことと、口座について成年後見の届出をしたいことを伝えました。
最近、比較的規模の大きい銀行では、ウェブサイト上で来店予約ができるようになっており、成年後見の届出などの(やや)特殊な手続をする場合は、事前予約が必須となっているところが増えているようです。
A銀行は、それほど規模の大きい金融機関ではなく、ウェブ上に来店予約のシステムを持っていませんでしたので、口座のあるB支店に直接連絡しました。
経験上、事前に連絡せずにいきなり窓口に行っても、必要書類が不足していたり、そもそもその届出手続に対応できる行員がいませんなどと言われたりして、再訪を余儀なくされる可能性が高いです。
電話で必要書類を確認し、「近日中に窓口に手続をしにいきたいのですが、事前に日時を伝える必要がありますか」と尋ねたところ、案の定「対応できる行員が研修等で不在にしている日があるので、来店は6月5日以降にしてください。」というようなことを言われました。別に、相談やその場で誰かの決裁が必要となるようなことをしにいくわけではないのだし、そこは引継ぎをしておいてくれてもよいのでは…と思いますが、それは胸の中にしまっておいて、6月5日の朝10:00に窓口に行くことにしました。
(2)成年後見の届出
6月5日10:00に、必要書類を揃えてA銀行B支店に行きました。
預金口座についての成年後見の届出の用紙、後見人としての印鑑届出の用紙、キャッシュカードの再発行の用紙などを順番に記入していきます。
B支店窓口で担当してくれた方は、あまりこの手続には慣れていないようで、都度マニュアルを確認したり、裏に行って確認をしたりしていました。
手続には40~50分ほどかかりましたが、無事に「以上で手続は終わりです」との案内を受け、あとは後見の登録に数日かかるので完了までの間一時的に口座からの出金が行えなくなること、キャッシュカードは後日後見人の登録住所(私の場合は、事務所の住所)に書留郵便で届くこととその送付時期の目安などの説明を受けました。
(3)キャッシュカードの受取り
(2)で伝えられていた目安の時期を若干過ぎた頃、キャッシュカードが手元に届きました。私は、キャッシュカードが届いたらすぐに済ませてしまいたい支払い(振込み)があったため、さっそくA銀行の、事務所最寄りのC支店のATMから振り込みをしようとしました。
ところがATMの画面を操作していき、最終の【振込】のボタンを押すと、「この振込みはできません。詳細は窓口係員にお尋ねください」というようなエラーが出てきてしまいました。
2回ほど試してみましたが、何回やっても同じエラーが出るので、仕方なく窓口の番号札を取り、窓口で経緯を説明して、どういう状況なのか確認してもらいました。
そこで返ってきた答えは、「口座名義人さんが70歳以上のご高齢者様でいらっしゃるので、この口座には、ATMの利用制限がかかっています。そのため、後見人様のキャッシュカードでも、振込が行えないように設定がされています。」というものでした。
「限度額の引上げの手続は、ここ(C支店)の窓口でもできるのですか。」
「口座のあるB支店の窓口でしかできません。」
「・・・・・・」
上記のやり取りをした時点で14:30を過ぎていたため、今からB支店に向かっても間に合いません。結局、B支店の担当者に電話してことの顛末を伝え、限度額引き上げの手続をしたい旨と、窓口に行く日を伝えました。
そして後日、再度窓口に行き、限度額の引き上げを行ったうえ、一度事務所に戻ってからC支店のATMで再度振込みの操作を行ったところ、今度こそ無事に振り込むことができました。
※ 「ATMがダメなら窓口で振り込めばいいじゃない」…という声が聞こえてきそうですが、ちょっとこのA銀行の取扱いは特殊で、口座のあるB支店以外の支店(たとえば、C支店)の窓口で引出しや振込みを行うためには、事前に利用者の側がB支店に電話を入れて、別支店の窓口から振込を行う旨の連絡を入れるという手続が必要です、というような説明を受けていたので、「めんどくさ!」と思いまして、基本的にはATMから振り込みたかったのです。また、ATMからの振込みのほうが振込手数料が安いということも考慮していました。
4.対応
個人的には、
● 既に後見人の届出を行った口座については、口座名義人の属性(年齢など)を理由とした利用制限は外れるようなシステムを構築してもらえないものだろうか。
● 後見人側では制限がかかっているかどうかがわからないのだから、金融機関側が「後見人の届出をされるなら、あわせて制限解除(限度額引き上げ)の手続もされますよね」と促すべきであり、振込に使えないキャッシュカードが郵送されてきて、初めて制限がかかっていることが分かるというのはあまりに不親切ではないか。
…など、色々と思うところはありますが、現実問題としてA銀行をはじめとしたいくつかの金融機関では上記のような制限がかかっていますので、これ以降は後見の届出の際に、
「この口座、ATMでの振込みなどに制限はかかっていますか?かかっているのであれば、解除(限度額引上げ)の手続も済ませておきたいのですが」
…とこちらから声をかけるようにしています。
5.政府の方針と今後の動向
さて、ちょうどこのブログ記事を書いている最中の令和5年7月26日に、「全国で相次ぐ特殊詐欺の被害防止に向け、政府内で高齢者名義の銀行口座のATM利用を制限する案が検討されている」…との報道がありました。
政府がこのような制限を設けることを推奨しているということですから、今後このような制限を設ける金融機関は増加するのでしょう。
6.参考:明石市内にある身近な金融機関における例
参考までに、明石市内にお住まいの方が口座を持っている可能性が比較的高い金融機関をいくつかピックアップして、令和5年7月26日現在における取扱いを(調べて出てきた範囲で)まとめてみたいと思います。
下記の各金融機関は、上記の報道にあったような政府の方針策定に先立って、自主的に利用制限の取扱いを設けているということになります。
■ 三菱UFJ銀行
https://www.tr.mufg.jp/ippan/topics/200115.html
【制限開始日】 2020年3月23日(月) 【対象】 2019年10月31日現在で70歳以上、かつ、過去1年間にATMでのキャッシュカードによる出金(引出し、振込みまたは口座振替)の取引がない方 【制限内容】 ATMでのキャッシュカードによる出金(引出し、振込みまたは口座振替)の1日あたりのご利用限度額を引き下げる 【備考】 ・利用限度額の引下げに関して、口座名義人側での必要は不要 ・利用限度額の引下げを希望しない場合に、別途手続(申出)が必要
■ りそな銀行
https://www.resonabank.co.jp/about/newsrelease/detail/20181225_930.html
【制限開始日】 2019年1月19日(土) 【対象】 2018年10月31日現在で70歳以上、かつ過去3年間ATMでのキャッシュカードによる引出しがない方 【制限内容】 キャッシュカードによる1日あたりの利用限度額(引出し・振込み等)を10万円に制限 【備考】 ・制限対象年齢(70歳)の到達日および取引の条件等により本制限の対象外となる場合あり
■ みなと銀行
https://www.minatobk.co.jp/topics/news/file/1683/topics20210301.pdf
【制限開始日】 2021年3月22日(月) 【対象】 2021年2月28日現在で70歳以上、かつ過去3年間ATMでのキャッシュカードによる引出しがない方 【制限内容】 キャッシュカードによる1日あたりの利用限度額(引出し・振込み等)を10万円に制限する 【備考】 制限対象年齢(70歳)の到達日および取引の条件等により本制限の対象外となる場合あり
■ 日新信用金庫
https://www.nisshin-shinkin.co.jp/kojin/pdf/disclosure/2022disclosure/p24-25.pdf
【制限開始日】 2021年9月21日(火) 【対象】 70歳以上、かつ2年以上ATMにおいてキャッシュカードによる振込をされていない方 【制限内容】 ・ATMによる1日あたりの現金引出し限度額:10万円 ・ATMによる1日あたりの現金振込限度額:0円
■ 播州信用金庫
https://www.shinkin.co.jp/banshin/info/attention/atm-riyouseigen.pdf
【制限開始日】 平成30年3月12日(月) 【対象】 満70歳以上、かつ過去3年以上キャッシュカードによるATMでの振込の利用実績のない方 【制限内容】 キャッシュカードによるATMでの振込取引不可(ATMによる引出しは可)
■ その他の金融機関
その他、ぱっと思いつく身近な金融機関としては
・ゆうちょ銀行
・三井住友銀行
・JAバンク兵庫
などがありますが、令和5年7月26日現在、これらの金融機関については、高齢者の方に対して特別の制限を設けているとの情報には行き当たりませんでした。
※ 直接問い合わせて確認をしたというわけではありませんので、その点はご了承ください。
7.後日談(おわりに)
A銀行B支店に、利用制限の解除(限度額引き上げ)の手続をしに行った際、こんなやりとりがありました。
(なので厳密な意味での「後日談」ではありませんが、そのあたりは軽く流してお読みください。)
「こちらが、限度額引き上げの申請用紙です。『引出し』と『振込み』の各項目について、引き上げ後の限度額として希望される金額をご記入いただきます。」
「一般的な限度額と同額で構わないのですが。」
「特に利用制限がかかっていない口座の限度額は、『引出し』が50万円、『振込み』が100万円です。」
「でしたら、それと同じ金額を書きますね。」
「いえ、お待ちください。口座名義人様ご本人は70歳以上のご高齢者様でいらっしゃるので、その場合は、『引出し』は30万円まで、『振込』は50万円までとしていただくようお願いしております。」
「…ええと、よく意味がわからないのですが。」
「ですから、…(同じ説明)」
「いや、おっしゃっていることそのものの意味はわかります。確かにご本人さんは70歳以上で、さらにいえば既に判断能力が不十分な状態になっておられます。ですから私が選任されて、私が財産管理を行っています。しかし、この口座には既に後見の届出がされていて、ご本人様のキャッシュカードはそちらに返却・裁断処理済みです。現存するキャッシュカードは後見人である私のために発行されたもので、暗証番号を設定したのも私です。仮にご本人さんが古い通帳やご自身の印鑑をもって窓口に来られたりしても、ご本人さんではこの口座のお金は動かせない状態になっているのではないですか。実際に管理しているのは私(30代・専門職後見人)で、ご本人には口座のお金を動かすことができない状態になっているわけですから、限度額設定にあたり、口座名義人が70歳以上であるかどうかは関係がないように思うのですが」
「しかし、当行では一律にこのようなお願いをすることになっております。」
「お願いということは、聞き入れなくても構わないということでしょうか。」
「いえ、仮に『引出し』の限度額を50万円、『振込み』の限度額を100万円とご記入されてご提出いただいた場合、この書類は本部に送付するのですが、そこで申請が却下されて、限度額が現状のままとなる可能性があります。」
「・・・・・・」
本部のマニュアルがそうなっているというのですから、今日のところは応じないと仕方がないのでしょう。
『引出し』の限度額を30万円、『振込』の限度額を50万円に引き上げる手続をして、事務所に引き上げてきましたが全く納得はしていません。
一応(具体名を伏せているので意味があるのかはわかりませんが)A銀行のフォローもしておくと、A銀行にも、ATMで硬貨を含む入出金がやりやすい(無料で入出金できる枚数が比較的多い、時間的な制約も少ない)など、他行と比べて優れている点はあります。ATMで硬貨の入出金をすると、金額(枚数)にかかわらず硬貨手数料(110円~)をとられる金融機関もありますから、この点はとてもありがたいです。
ただ、今回のように本来1回で済む手続のために2回B支店に行くことを強いられると、私(後見人)が時間を無駄にしてしまうということもありますが、交通費などの実費を負担されるのは口座名義人様ご本人(被後見人)ですので、顧客の不利益につながります。また、今回はそうではありませんでしたが、「差し迫った支払いがあるが、しばらく平日9時~15時には別の用事があり、振込をしに銀行窓口に行く時間がとれない」といったような場合には、ATMの利用が制限されていることで重大な不利益が生じるように思われます。
なによりもまず自行の顧客(=ご本人)の利益のためを思って、A銀行をはじめとする金融機関各社におかれては、マニュアルの改訂などを進めていただくことを切に希望します。
また、令和5年現在における「高齢者の方」は、ATMの利用を制限されたら窓口に行くしかないだろう、そこで振り込め詐欺などの被害はある程度防止する余地があるだろう…という想定なのでしょうが、たとえば現在の40~50代の方の中には「スマートフォンアプリでのインターネットバンキング」を普段から利用しているという方も相当数おられるわけで、この世代が高齢化したときは、また別の対応が必要になるのでしょうね。
一定年齢を超えると、インターネットバンキング自体が利用できなくなったりするのでしょうか。(生体認証を経て、振込時のワンタイムパスワードを自動入力するような大手銀行のアプリなどは、大変便利で私も普段から重宝していますが、このような観点からは課題があるようにも思えてきます。)
私が知らないだけで、既にそういった対策が施されているのかもしれません。
また時間があるときに調べてみようと思いますが、今日はこのあたりで終わりとさせていただきます。
司法書士 杉原佑典
執筆・監修
