会社、法人の役員が後見(保佐・補助)開始の審判を受けたら

会社・法人の役員が後見(保佐・補助)開始の審判を受けたら~近時の法改正を踏まえて~

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会社、法人の役員が後見(保佐・補助)開始の審判を受けたら





1.はじめに

 司法書士の杉原です。
 令和4年10月に地元・明石で独立開業(いっしん司法書士事務所に合流)してから、早いもので既に半年以上が経ちました。
 勤務時代は不動産登記・商業登記業務を担当することが多かったのですが、明石で開業して以降は、これらの業務に加えて、成年後見業務にも積極的に携わっています。登記業務とは頭の切り替えが必要な場面が多く、また習得しておかなければならない周辺知識が膨大であるため、正直大変ではありますが、同時にやりがいも感じているところです。 
 さて、成年後見人等として家庭裁判所に選任されますと、まずはご本人の財産(資産・負債)の調査を行い、その結果等を家庭裁判所に報告する必要があります。
 あわせて、ご本人との面談や他の支援者の方との会議等を通じて、現在のご本人の生活環境はどのようなものか、課題としてどのようなものがあるか、今後どのような対応が必要となるか…などを確認・検討していくことになるわけですが、その中で、もしご本人がどこかの会社の取締役や監査役、又は一般社団法人やNPO法人の理事など(以下、総称して「役員」といいます。)として在任中だということが分かれば、その役員の地位がどうなるか、そして今後どうしていくべきかについても確認・検討が必要となります。

(注)後見(保佐・補助)の申立後や審判確定後に会社・法人の役員であることが判明するケースでは、ご本人は、「形式的には役員の地位にあるけれども、実質的に会社や法人の運営に関与しているわけではない」ことが想定されます。そこで本稿では、基本的にこのようなケースを念頭に置いて、後見(保佐・補助)開始の審判を受けたことが役員としての地位にどう影響するか、ということについてのみ焦点を絞って記載します。
 なお、実質的に会社や法人の運営に関与している方が成年後見制度を利用する場合等においては、あらかじめ後任者をどうするか、その方が保有している株式や持分・出資金をどうするかといった問題について検討が必要でしょう。







2.役員の地位に関する具体的な確認・検討

(ⅰ)欠格条項の確認・検討
 まずは法律上、その会社・法人における役員は後見(保佐・補助)開始の審判によりその地位を失うこととされているかを確認します。

(1)従来の規定
 たとえば、成年後見の三類型(後見・保佐・補助)のうち、保佐人に就任した場合についてみてみましょう。
「保佐人に就任したところ、被保佐人の方が会社や法人の役員であることが後から判明した」というケースです。

 この場合、まずはその会社や法人について規定された法律(根拠法)を確認し、その法律に保佐開始に関する欠格条項(「保佐開始の審判を受けた者は、この法人の役員となることができない」という趣旨の規定)があるかどうかを確認することになるでしょう。

 このような規定(欠格条項)がある場合には、ご本人は実体上既に役員の地位を退任しています。既に退任したという事実は生じていますので、あとは手続上の問題となります。すなわち、会社・法人側が「ご本人は欠格事由の該当により役員を退任した」という事実を会社・法人の登記記録に反映するとか、監督官庁に届け出るとかいう手続を履行すればよい(よかった)、ということになります。
保佐人としては、会社・法人側からの求めに応じて後見登記事項証明書等の資料の提出に協力し、また、然るべき時期に上記の手続が適切に履行されたかの確認を行えばよい(よかった)、ということになるでしょう。

(2)現行法における規定
 数年前までは、多くの会社・法人類型において、その法人について規定された法律に「役員が後見開始又は保佐開始の審判を受けたこと」という欠格条項が存在していたため、上記(1)のような対応によったケースが多かったものと思われます。

 しかしながら、このように、後見・保佐の審判を受けたことのみを理由として一律に役員の地位から排除する欠格条項の存在については、比較的最近(令和元年~)に包括的な見直し・法改正(※1)が行われており、現在(令和5年5月現在)では、「役員が後見開始又は保佐開始の審判を受けたこと」そのものは、基本的に(※2)あらゆる会社・法人類型において役員の欠格事由から除外されています。

(※1)改正の理由としては、(1)ノーマライゼーション等を基本理念とする成年後見制度を利用することで、逆に資格等から排除されるのは疑問であること、(2)同程度の判断能力であっても、成年後見制度の利用者のみが資格等から排除されるのは不合理であること、(3)数多くの欠格条項の存在が成年後見制度の利用を躊躇させる要因となっていること 等が挙げられます。

(※2)「成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るため成年後見制度の利用の促進に関する法律(令和元年法律第37号)」により関連する約180の法律が改正されました。
 本稿では、本改正に関する厚生労働省資料に「数多くの法律で規定されていた成年被後見人等に係る欠格条項を一律に削除」(成年後見制度利用促進ニュースレター第17号など)したとの記載があること等を根拠に、「基本的に、あらゆる会社・法人類型において」と記載しましたが、実際にすべての種類の法人の役員の欠格条項を確認したわけではありませんので、対応に当たっては個別の根拠法の確認が必要です。





(ⅱ)民法上の「委任の終了事由」の検討(株式会社の場合)
 欠格条項以外に検討すべきものとして、民法上の「委任の終了事由」があります。
たとえば、株式会社についてみると、株式会社と役員等との関係は、委任に関する規定に従うものとされています(会社法330条)。
委任契約でいう委任者が株式会社、受任者が役員等ということになりますが、ここで、「受任者が後見開始の審判を受けた」ときは、委任契約は当然に終了するものとされています(民法653条3号 委任の終了事由)。
 そのため、株式会社の取締役が後見開始の審判を受けたときは、(欠格事由に該当するからではなく)株式会社との委任契約が当然に終了するために取締役としての地位を失い、退任することになります。
 なお、成年被後見人となった方を取締役として再任することは妨げられませんが、その場合、成年被後見人となった方自身が就任承諾の意思表示をするのではなく、成年後見人が、成年被後見人の同意(※)を得た上で、成年被後見人に代わって就任承諾の意思表示をしなければならないものと定められています(会社法331条の2第1項)。

(※)後見監督人がある場合は、成年被後見人のほかに後見監督人の同意も必要です。

 これに対して、保佐(補助)開始の審判を受けたことは民法上の委任の終了事由にはあたりませんので、保佐(補助)開始の審判を受けたことにより、民法上当然に委任契約が終了するということはありません。
 前記(ⅰ)のとおり、保佐(補助)開始の審判を受けたことは、既に株式会社の役員の欠格事由ではなくなっていますので、保佐開始の審判を受けただけでは、役員の地位には変動がないということになります。すなわち、(少なくとも任期満了までの間は)会社や法人の役員であり続けるということです。

※後見・保佐開始の審判を受けた方を株式会社の役員として選任(再任)する場合の、商業登記の添付書類等については令和3年1月29日法務省民商第14号法務省民事局長通達〔6125〕(登記研究877号)参照。





(ⅲ)辞任・再任について(株式会社の場合)
 保佐の事例について引き続き検討します。
 前記の通り、保佐開始の審判を受けたとしても、そのことにより株式会社の役員の地位に変動は生じません。
 ただ、「保佐開始の審判を受けたこと」そのものを理由として一律に判断することは適切でないとしても、被保佐人となった方が、現実的に会社や法人の役員としての職責を全うすることができるか?と考えたときに、「それは難しいのではないか」という結論に達することも少なくないと思われます。
そのような場合には、「辞任」という選択肢について検討することになるでしょう。

 いわゆる「名ばかり役員」のような形であったとしても、役員には責任や義務がつきまといます。
辞任するかどうかの検討にあたっては、このようなリスク(デメリット)と、役員としての地位を残しておくことのメリット(役員報酬が受け取れるといった直接的・経済的なメリットのほか、社会参加の場・役割意識・やりがいを持てるといった間接的・心情的なものも含む)を考慮して、総合的に判断する必要があるでしょう。

 このほか、多くの会社・法人類型においては役員には任期が存在しますので、次期改選期(任期満了時期)がそれほど遠くない場合には、あえて積極的に辞任せず、任期満了を待って退任すればよい、という対応も考えられます。

 なお、「辞任する」という方向で固まった場合は、さらに「辞任の意思表示はどのような方式によるべきか」(平たく言えば「辞任届にサインするのは誰か」)という点にも注意が必要です。
(以下、成年被後見人・被保佐人・被補助人を「本人」と記載します。)

〔参照〕令和3年1月29日法務省民商第14号法務省民事局長通達〔6125〕(登記研究877号)

(1)成年後見類型の場合
辞任の意思表示は、①本人が自らする方法、②後見人が本人に代わってする方法のいずれかによります。
①の場合、商業登記申請時の「辞任を証する書面」としては、本人名義で作成された(=本人の記名(・押印)のある)辞任届を添付することになります。
②の場合、商業登記申請時の「辞任を証する書面」としては、後見人名義で作成された(後見人の記名(・押印)のある)辞任届と、後見登記事項証明書を添付することになります。

※上記②の場合、「取締役についての辞任の意思表示」が後見人の権限の範囲に含まれるのかという疑問が生ずるところですが、少なくとも先例(令和3年1月29日法務省民商第14号法務省民事局長通達〔6125〕)上は、成年後見人の権限の範囲に含まれることを前提とした記載ぶりになっており、その根拠は、民法859条1項に求められるとの見解に立っているようです。

※成年被後見人が代表取締役(※)の地位を辞任する場面では、原則として辞任届にその作成者(①の場合は、本人。②の場合は、後見人。)の個人実印を押印し、市町村長作成の印鑑証明書を添付する必要があります。(例外的に、①の場合において、辞任届に登記所(法務局)に提出している会社実印を押印した場合は、個人実印の押印及び印鑑証明書の添付は不要となります。)

(※)代表取締役が登記所(法務局)に印鑑を提出している株式会社にあっては、辞任する代表取締役(成年被後見人である代表取締役)が登記所(法務局)に印鑑を提出している場合に限ります。なお、代表取締役が登記所(法務局)に印鑑を提出していない株式会社にあっては、すべての代表取締役が対象となります。

(2)保佐・補助類型の場合
 この場合、辞任の意思表示は、本人が自らする方法によります(※)
商業登記申請時の「辞任を証する書面」としては、本人名義で作成された(本人の記名(・押印)のある)辞任届を添付することになります。

※被保佐人・被補助人が代表取締役の地位を辞任する場面における注意点については、上記(1)成年後見類型の場合 の※印の部分と同様です。

(※)なお、前掲通達に「被保佐人が取締役等を辞任するには,被保佐人が自ら辞任の意思表示をすることとなる。」との記載があり、成年後見類型の場合とは異なり、保佐類型の場合には保佐人が被保佐人を代理して辞任の意思表示をすることは想定されていないかのような書きぶりであったため、本稿もそれに合わせた記載としましたが、他方で商業登記規則61条8項の規定を確認しますと、
「…当該代表取締役等(その者の成年後見人又は保佐人が本人に代わつて行う場合にあつては、当該成年後見人又は保佐人)が辞任を証する書面に押印した印鑑につき市町村長の作成した証明書を添付しなければならない。…」とあり、保佐人が(代理権付与の審判を受けて)本人を代理して辞任の意思表示をすることも念頭に置いた記載ぶりとなっています。
本稿掲載時に調べた限りでは、このあたりは判然としませんでしたので、また調べて追記できることがあれば追記していきます。






3.おわりに

 会社・法人の役員に在任中の方が後見(保佐・補助)開始の審判を受けた場合の対応等について、主に保佐類型の場面に焦点を当ててまとめてみましたが、比較的最近の改正論点ということもあり、実際の対応にあたっては慎重な検討が必要です。
 ひとくちに「役員」といっても、会社・法人の類型によってその法的地位はさまざまであり、株式会社と同じように考えればよい場合もあれば、そうでない場合もあります。
 親族後見人(保佐人・補助人)になられた方や、会社担当者の方など、「このような対応でいいのかな?」と少しでも不安に思われる点があるようでしたら、司法書士などの専門家にご相談されることをおすすめします。

執筆・監修
司法書士 杉原佑典

司法書士 杉原 佑典

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